戦いの原理|孫子の解説1

目次

陰陽理論は、自然界の法則

孫子は「陰陽理論」(自然界の法則)を軍事で表した書物であると前述しました。「陰陽理論」は、自然界の法則(自然の摂理)であり、人間とその社会も自然の一部であると捉えると、政治という人の営み、戦争という人間の行う悲劇も自然現象の如くに理解できます。「孫子」に書かれている内容を、陰陽理論の基づいて解釈すると、次の一文で言い表すことができます。

「陽で陰を撃つ」、これが「孫子」の目指す戦い方です。自然界の法則と合致する戦いの原理と言えるものです。

戦いの原理は、陽で陰を撃つ

「孫子」を読むと、孫子の中には陰陽の対概念が多く出てきます。例えば、「虚実」という言葉は、「虚」は閑散としていて、隙のある状態で、陰陽では「陰」になります。対して「実」は戦力を集中させて隙がなく充実している状態で、陰陽では「陽」になります。例えば、「強」と「弱」、「治」と「乱」、「勇」と「怯」、「衆」と「寡」「生」と「死」、「利」と「害」なども「陰陽」の対概念になります。

孫子では、一貫して我は「陽」(実、強、治、勇、衆、生、利…etc)の状態、体勢で、敵の「陰」(虚、弱、乱、怯、寡、死、害…etc)の状態、体勢を撃つと書かれています。つまり、「陽」ポジティブな体勢で、「陰」ネガティブな体勢を撃てというのが孫子の基本です。ここでは「陽」ポジティブで「陽」ポジティブを撃てとは書かれていないことが特筆するポイントです。つまり、正々堂々と戦い、力を競い合うという日本人の考える武士道の考え方はありません。あくまでも戦いの決着は、「陽」で「陰」を撃つ形でつけるべきで、「陽」の敵と戦って、自分を消耗させていけないという考え方をします。

そして自然界の法則を「陰陽」で理解すると、「陽」は、一つ一つ時間をかけて積み上げていかなければならないのに対して、「陰」は、一つの失敗で一瞬で全てを失います。桶に水を貯めるのと同じで、水を蓄えるには、何度も汲まないといけないが、桶をひっくり返すと、一瞬で全てを失います。

このような考え方から、戦略の基本方針は、自分は「陽」を維持し、敵は駆け引きによって「陽」から「陰」に体勢をひっくり返すように促すという戦い方が見えてきます。そして「孫子」では、「敵の「敗」失敗を待つ」というのが基本姿勢になります。

それでは自らが「陽」ポジティブな優勢を築き、敵の失敗を待つだけで良いのかというと、そうではありません。自分も敵も、状況、体勢も変化します。常に強いまま、盤石を築くことはできません。彼我ともに相手の動きに合わせて変化することで、「虚」(閑散)と「実」(充実)する場所が変化します。そこで、さまざまな「陰陽」を駆け引きにつきます。一つ目は、体勢の「陰陽」です。「虚」と「実」、「弱」と「強」、「乱」「治」などです。二つ目は、行動の陰陽です。「正」という戦力を集中させて攻撃力にも防御力に優れるが敵から視認される「陽」の体勢です。戦力を分散させて自由に変化し攻撃力と防御力は弱いが敵から視認されない「陰」の体勢です。三つ目は環境(天地)の陰陽です。地形の「利」と「害」(有利不利)や、「死生」(死地と生地)、天候の良し悪しなどの環境要因です。体勢、行動、環境の3つの陰陽を計算して相手との駆け引きを行い、最終的に「陽」で「陰」を撃つ」を実現し勝利を収めます。

ここまでの内容が、孫子のその篇に該当するか整理をしたいと思います。

①「陽」で「陰」を撃つ →  4(形)・5(勢)・6(虚実)

②「陽」を作るには時間を要し、「陰」は一瞬ですべてを失う → 1(計)・2(作戦)・3(謀攻)・13(火攻)

③自分は「陽」を維持し、敵を「陰」にする → 7(軍争)・7(九変)・10(地形)

④体勢、行動、環境の陰陽を利用し、最終的に「陽で陰を撃つ」を作る → 9(行軍)・10(地形)・11(九地)

このように分類すると、「4・5・6」「1・2・3・13」「7・8・10」「9・10・11」はセットにして読むとわかりやすいです。

補足 孫子の篇は二つで一つ

上で、孫子は内容に合わせてセットにして読むことができますが、各篇ともが陰陽のように二つで一つの内容になっています。

【1】計篇(1)と地形篇(10)

【2】作戦篇(2)と九変篇(8)

【3】謀攻篇(3)と火攻篇(13)

【4】形篇(4)と勢篇(5)

【5】虚実篇は、篇名に陰陽の両方が含まれるので、一つで成立する

【6】軍争篇(7)と用間篇(12)

【7】行軍篇(9)と九地篇(11)

 

計篇(1)と地形篇(10)の陰陽のテーマは「天地人」です。計篇に出てくる五事「道天地将法」の五者を解説するものとして、セットで読むことができます。

作戦篇(2)と九変篇(8)の陰陽のテーマは「利害」です。作戦篇と九変篇の共通項は、「利」と「害」を両面を慮ることです。両篇ともに「智者」の字が出てきます。孫子における「智」は、陰陽の両面思考ができることです。

謀攻篇(3)と火攻篇(13)の陰陽のテーマは「水火」です。謀攻篇では、戦力を保全し、連携するように配備して彼我の「虚実」を作り、抑止力で勝利するたたか方を「全き」と言い「水」の戦い方と述べています。対して火攻篇では敵の戦力を奪う「火攻」物理攻撃について言及しており、「水」を単なる水攻めとせず、「水」と「火」の陰陽の組み合わせて戦略を作る視点を学ことができます。

形篇(4)と勢篇(5)の陰陽のテーマは「静動」です。形勢逆転というように「形」と「勢」は密接に関係しております。「形」は、陣形といった軍の形ではなく、戦力の充実の「静」の姿であり、まさにダムの体勢です。「勢」は、相手との関係で「虚実」戦力の密度差が作られた時に、トリガーが引かれて、蓄積されたダムのエネルギーが発動します。

軍争篇(7)と用間篇(12)の陰陽のテーマは「後先」です。駆け引きにおける先手と後手です。軍争篇と用間篇の共通項は、「先知」予め敵の出方を知っておくことで、両篇に出てくる言葉です。両篇を関連づけて読むことで、「後の先」(後から動いて主導権をとる)を実現するには情報が必要であることがわかります。

行軍篇(9)と九地篇(11)の陰陽のテーマは「客主」です。行軍篇では、敵と我の状態を見抜き、九地篇では客軍(侵攻軍)と主軍(迎撃軍)の立場の違いによる戦い方を述べます。両篇の共通項として、伝説上の黄帝や漢楚の戦いの事例が使って解説しているなど表現が似ていることもあります。

1と10、2と8、4と5、3と13、7と12、9と11と組み合わせることで意味のありそうな数字の篇がセットになっており、二つで一つ、孫子が陰陽理論で書かれれていることを示唆しているように思います。

解説

 

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